フランク・ロイド・ライトについて
 
フランク・ロイド・ライトは世界屈指の建築の巨匠として知られています。
彼は生涯に1191にものぼる作品を遺し、その内の460作品が実現されました。
それらは建築設計以外に家具やグラフィックスのデザインも含まれます。
これは1人の建築家の業績とは信じがたい数です。
また、彼が91歳で他界する直前まで約70年間にわたり、精力的に活動を続けたことも驚きに値します。
第一黄金期
 
1893年、ライトは26歳にして独立、初仕事にあたるウィンズロー邸が完成しました。「ウィンズロー邸は、プリマ・ヴェラが満開になったような衝撃を広大な田園風景の中に与えました。それは、オークパークやリバー・フォレストではまったく新しい世界だったのです。その住宅は近隣の者も遠方の者をも魅了しました。」(フランク・ロイド・ライト「自伝」)

ウィンズロー邸により彼の住宅設計のキャリアはスタートしましたが、彼自身もそれを”中西部における新しい建築”と表現しています。彼は住宅設計に加えて商業的、宗教的な建物もデザインしました。中でもラーキンビルとユニティテンプルは傑作として挙げられています。こうして1893年から1910年の間、有機的建築の建築家として彼の名は確立されていきました。さらに彼の作品集が海外で出版され、近代建築の時代への魁となったのです。
不毛の時代
 
910年から1935年、この時代はライトにとっては経済的にも個人的にも不遇な時代でした。しかしながらこの時代彼はウィスコンシン州南西部の彼の祖先の地ウェールズに自邸タリアセン(ウェールズ語で「輝ける額」また、アーサー王朝時代に生きた吟遊詩人の名でもある)を建設しました。

その後、帝国ホテル(1913−1922)設計依頼があり、他に1917年から1924年の間、南カリフォルニアでいくつかの設計と建設がなされました。1924年から1935年まではライトにとって不毛の期間となりましたが、この間も彼は工学技術の導入や、挑戦的なデザイン表現の数々のプロジェクトを立案しました。それらはいずれも実際に建てられることはありませんでしたが、1930年代の彼の作品への重要な布石となったのです。
第二黄金期
 
建築家としての長い冬の時代の後、E.J.カウフマン邸(落水荘)とジョンソンワックス本社ビルの設計により、彼のエネルギーに満ちた創造力は再び一気に弾けました。それは大胆不敵であり、また絶妙な美しさでもありました。この新しい時代は彼が死ぬ時まで何者にも邪魔されることなく続きました。

事実、彼の設計の勢いは老いにつれて弱まるどころか、年を追うごとに信じ難いほどのエネルギーで、精力的に創造を展開し続けたのです。住宅設計以外にも、グッゲンハイム美術館、ベスショーロム教会、マリン郡庁舎などの著名作品が見られます。

建築後100年近く経った今でも、ライトがデザインした住宅に住む人々は最高の手入れをしながら大切に住み続けています。このことからも、ライトの住宅がどんなに素晴らしいものであるかが理解できます。
 
 
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